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糸島今昔物語

2018年7月5日

      

こんにちは田中です!

糸島市の歴史の本を病院の待合所で読む機会がございました。🙂

そこに学校の始まりについて記載がございました。🏫

明治五年(1872年)学校開設の布告があって

糸島市でも村の倉庫などを改造して学校が造られました。

最初は寺小屋の先生などを教師にして、同6年~7年にかけて

各小学校が次々に出来たそうです。🏫

 

最初の小学校の所在地と生徒数などの一覧です!

 

 

今とは、だいぶ違いますね!

前原小学校が男女計91名で一番のマンモス校、他加布里や泊も多いです。

おそらく、子供の数が漁村や農村にも集中していたのでしょう!

現在住宅地として人気の東風小エリアの潤小学校は男女計52名で、

そう多くありません。

これから人口分布の変化など、140年以上掛けて

今現在の小学校になったのでしょう!

 

その他、土地に対して税金が掛るようになったのも、この頃です!.💱

明治6年には地租改正が行われ、土地の地価の3%を現金で

納める制度になりました。糸島でも明治7年より土地測量が始まったそうです。

これにより、土地が自由に売買されるようになったと記載されております。

当時は、今とは違い大きな沿線沿いの土地(田)は評価は低く、

石やゴミが土地に入るので良い米が出来ず、安かったらしいです。

今では住宅地では駅が近いところ、学校が近いところが人気があり、

その分、土地の評価も高いようです!🏘

 

時代時代で、土地や建物についての考え方は日々変わります。

私ども㈱へいせいは、土木・建築・住宅・リフォーム・美装・不動産など、

総合建設業として、暮らしの未来を創造するために様々な分野に

取り組んでいます。🏬🏗 創業71年です!

 

土地の事に関しましても、お任せ下さい!

人気小学校エリアの福岡市西区の西都小校区や、

糸島市の東風小校区など、売り土地情報、豊富にございます!

是非、お問合せ下さい!

 

昔からの街創りがあって今の快適な暮らしがございます!

 

この写真は

 

 

糸島半島の入り口の福岡市西区長垂の海岸沿い、

当時の筑肥線の工事の様子です 🚂

山と海で工事が難航したらしいです!

 

 

地域の昔の資料や本を読むとすぐに時間が経ってしまいますね!😍

 

🙂  ✍  歯の治療 終わってもなお 待合所!

 

 

 

 

投稿者:

田中福美

田中福美

一生で一番高いお買い物を心よりご提案させていただきます。 ■ブログ「田中福美の"福"がくる」